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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)14334号 判決

原告

甲田乙男

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

小林紀歳

外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し三五万円及びこれに対する昭和五六年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行の免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、その次男甲里二郎の保護者(親権者)であるところ、昭和五二年四月右二郎を○○○市の設置する○○○市立××小学校に入学させた。

被告は、○○○市立××小学校の校長、教諭らの教員を採用し、かつ、任免権を有する使用者である。

2  右○○○市立××小学校のN校長及び教諭らは、次のとおり原告の右二郎に対する教育権及び二郎に教育を受けさせる権利を侵害した。

(一)(1) 右二郎が同校第三学年に在学中であつた昭和五四年七月一〇日、当時右二郎の担任であつたS教諭及び音楽専科のE教諭は、午前中で授業が終了したにもかかわらず、二郎を午後五時三〇分まで同校教室内に拘束し、いわゆる「残され勉」を強制した。

(2) また、右二郎が第四学年に在学中の昭和五五年六月二八日、同人の担任であつたO教諭は、当日が土曜日で午後零時五分で授業が終了するものとされていたにもかかわらず、昼食を与えることなく算数の授業を午後二時まで続けた。

(3) 更に、右二郎が第三学年に在学中の昭和五四年には、原告が当時の担任のS教諭に対して宿題を強制するのは親の教育権を侵害することになるので止められたい旨の申入れをしていたにもかかわらず、同教諭は、継続して宿題を課し、原告から宿題をさせない処置を講ぜられていた二郎は、同年一〇月中旬から同年一一月初旬まで週に二回の割合で宿題をしなかつたところ、同教諭は、右二郎に対して授業を受けさせず、廊下に出しコンクリートの上に座らせるという懲罰を課した。のみならず、同教諭及びO教諭らは、右二郎をして「なまけ者」と公言し、右二郎に精神的苦痛を与えつづけた。

(4) 以上のように、右各教諭らは、公的義務教育機関として右××小学校において当然に存する教育の時間及び場所の制限を破り、また、宿題を課すという行為によつて右の時間及び場所の制限を超えて教育的支配権を及ぼそうとしている。すなわち、義務教育制度は、本来親の親権の内容たる教育権を実現するための制度であるから、公立小学校は親の教育権を排除又は制限しうる独自の教育権を有するものではなく、教育内容、時間、場所につき親の負託に応える範囲内において行うものとする制約が存するのである。

前記教諭らが右二郎に対して行つた右(1)、(2)、(3)の各行為は、右制約を超えて教育的支配権を右二郎に対して及ぼそうとするものであり、原告の二郎に対する教育権を違法に侵害するものである。

(二)(1) 右二郎が第三学年に在学中の昭和五四年七月九日、右第三学年の全学級合同で水泳の能力別クラス分けのためのテストが実施された。右能力別クラスは、一級(四種目に三六〇メートルを泳ぐことができる。)から九級(もぐることができる。)までに分けられており、右二郎は、一級の実力があつたけれども、右テストを指導していたA教諭から二五メートルしか泳ぐことを許されず、五級と認定された。以後に行われた夏季期間中の水泳指導は右能力別クラスごとに行われたから、右二郎は、その能力に応じて高度の水泳指導を受けることを事実上拒否された。

(2) また、右二郎が第四学年に在学中の昭和五五年の夏、担任のO教諭は、右二郎が夏季水泳指導を受けるに際し、原告が従来から原告がとりつづけてきたやり方を踏襲してその保護者印欄に署名して提出させた「夏季水泳指導申し込書」を一旦受理したにもかかわらず、同年六月二四日の第一回水泳指導日においては、提出すべき「水泳カード」の保護者印欄に押印がなく原告の署名のみがあることを理由に、右二郎の水泳指導の受講を拒否した。

(3) 右は、原告の二郎をして義務教育を受けさせる権利を違法に侵害したものというべきである。

3  原告は、以上の××小学校の各教諭の行為により精神的苦痛を被り、右損害は三五万円と評価すべきである。

4  よつて、原告は、被告に対し民法七一五条、七〇九条の規定に基づき、三五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一二月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の内、被告が○○○市立××小学校の校長及び教諭の任免権を有する使用者であるとの点は否認し、その余の事実は認める。

○○○市立××小学校は、○○○市の教育機関であつて被告東京都の教育機関ではなく、また、同校の校長及び教諭らは、○○○市の職員であつて被告東京都の職員ではないから、被告東京都は同校の校長及び教諭らにつき使用者の立場にない。

理由

一原告の本訴請求原因は、○○○市立××小学校の教諭らの教育活動における不法行為につき被告東京都に対して民法七一五条の使用者責任を問うものであるところ、請求原因1の内、原告がその次男甲田二郎を昭和五二年四月○○○市の設置する○○○市立××小学校に入学させたことは、当事者間に争いがない。

二そこで、被告東京都が右○○○市立××小学校の教職員に対し民法七一五条にいわゆる使用者の地位に立つものであるか否かにつき検討する。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「法」という。)三〇条は、地方公共団体に、法律で定めるところにより、学校、図書館、博物館、公民館その他の教育機関等を設置することを認めているが(なお、学校教育法上、市町村には、小中学校の設置義務がある(同法二九条、四〇条)。)、右の学校その他の教育機関は、大学を除き、その他地方公共団体に置かれる教育委員会(法二条)が所管するものとされ(法三二条)、右教育委員会は、学校その他の教育機関の用に供する財産の管理に関する事務、学校の組織編成、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関する事務等当該地方公共団体が処理する教育に関する事務を管理し、及び執行する(法二三条)。そして、このような教育に関する事務は、当該地方公共団体の固有事務に属する(地方自治法二条三項五号、八項別表第二、二の(二七))。

また、地方公共団体の設置する学校その他の教育機関の職員については、原則的に当該地方公共団体の教育委員会がその任免その他の人事に関する事務を行うものとされるのであつて(法二三条三号、三四条)、その身分は、当該地方公共団体の地方公務員と解するのが正当である(法三五条、教育公務員特例法三条)。

これらの諸規定を勘案すると、地方公共団体の設置する学校その他の教育機関の運営が当該地方公共団体の事業であることは明らかであり、その教員その他の職員の使用者は、当該地方公共団体であると解すべきである。

もつとも、法三七条は、市町村立学校の教職員の内、市町村立学校職員給与負担法(昭和二三年法律一三五号)一条及び二条に規定する職員(以下「県費負担教職員」という。)については、その任命権が例外的に都道府県教育委員会に属する旨を定めるが、都道府県教育委員会が県費負担教職員の任免その他の進退を行うには、市町村教育委員会の内申をまたなければならないものとされているのであり(法三八条一項)、市町村教育委員会の人事に関する権限を全面的に排除するものではない。のみならず、市町村教育委員会は、県費負担教職員の服務に対して監督権を有し(法四三条一項)、県費負担教職員は、その職務を遂行するに当たつて、法令、当該市町村の条例及び規則並びに当該市町村教育委員会の定める教育委員会規則及び規程に従い、かつ、市町村委員会その他職務上の上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないものとされ(同条二項)、更に、県費負担教職員の勤務成績の評定は、都道府県教育委員会の計画の下に、市町村教育委員会が行うものとされている(法四六条)。

これらの規定を総合勘案すれば、県費負担教職員といえども、その所属する学校を所管する市町村教育委員会の管理監督権に服しているものと解することができるから、その使用者を当該市町村と解することは妨げられないというべきである。

右のとおりであるから、○○○市××小学校の教育は、○○○市の事業であつて被告東京都の事業ではなく、右××小学校の教員の使用者は、○○○市であつて被告東京都ではないと解するのが正当である。したがつて、右××小学校の教員らの行為に関して被告東京都に対して民法七一五条の使用者責任を主張する本訴請求原因は、失当たるを免れない。

三以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないことが明らかであるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(慶田康男)

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